HOME > スニーカー物語 > 明誠学院高校 軽音楽部顧問 山内陣先生 インタビュー

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今年で10回目の出場となった明誠学院高校 軽音楽部。関西圏外からの常連校としてスニーカーエイジに対する想いを、顧問の山内先生にお伺いしました。

「バンド」としての活動の場か、それとも「健全な教育」としての活動の場か、当初クラブの方向性を悩んでいました。

現在、明誠学院高校の軽音楽部には、約50名の部員が所属しております。赴任したときには目標もなく、形のまとまった活動もない状態でしたが、陽の当たる場所で栄光をつかませてやりたいという思いから、なんとか、目標を持って、部活動らしい活動ができないかと考えていました。

当時1年生のある女子生徒数名から、「このスニーカーエイジに出たい!」と強い申し出があったまさにその日に起こった偶然の出来事。

今も忘れもしません。スニーカーエイジとの出逢いは偶然でした。赴任して3年目に、なんとか目標を持たそうとたくさん資料請求をしていた大会の1つにスニーカーエイジがありました。3年生の女子生徒部員たちから、「このスニーカーエイジに出たい!」と強い申し出があったまさにその日に、スニーカーエイジ大会本部より電話があったのです。お電話をいただいた三木楽器の女性スタッフさんの熱い話を聞いて、実際に大会も見に行ってクラブの方向性が「教育的な目的」に決まったと言っても過言ではありません。

スニーカーエイジを目標にしてから、クラブに起こった変化。

「教育的な目標」という明確な答えが出てからは、クラブに一体感が生まれただけでなく、真面目な生徒たちが軽音楽部に集まってきました。先輩後輩のつながりができ、「目標を目指す集団」に変わって来て、練習やチームワークなど個々の意識が高くなりました。また、生徒自ら学級委員や生徒会に入り、精神的に自立した生徒達が増えてきています。

これまで大会に挑んで見えてきたスニーカーエイジの考え方、これからクリアすべき本校の課題。

スニーカーエイジに参加して、特に必要だと感じることは、全部員のチームワークをどう考えるかです。ステージに立てるのは、全部員の1/4ほど。選抜に選ばれるのはひと握りの部員になります。選ばれた部員は、自分達が主役だという考え方ではなく、クラブ代表としてみんなから託されていると感じること。逆に、選ばれなかった部員は、選抜から外れたといって落ち込むのではなく、逆にクラブの代表をサポートしていくという自覚が必要だと考えています。
また、私が特進コースの3年生を担当していてなかなか思うように練習に取り組めない年もありましたし、19:00までには生徒を家に帰らせなければならないという学校の規則ともあります。部員の中に特進コースの生徒も多く、17:00頃まで授業です。この厳しい条件の中で、部員たちにクリアしてほしいと思っていること、部員に伝えていることは、自分たちが「聴く人」のために響く音楽を演奏してほしい。自己満足ではなく、常に向上心を持つことです。そして、ステージに立つ者は、責任を持ってステージで演奏をしてほしいと考えています。

スニーカーエイジを通して実現させたいこと。それは、岡山に存在しない『軽音楽連盟』を創立すること。

スニーカーエイジという大会の魅力を一言で言うと、「授業だけでは学べない教育」につながることです。大会自体が健全なコンセプトで行われているので、これは参加されている各校の顧問の先生も感じられていると思います。ただ、私がスニーカーエイジを通して絶対実現させたいことが一つあります。
それは、岡山で「軽音楽」が健全であることをもっと認知させること。東京や大阪では、昔と比べてだんだん健全なクラブであるということは認知されてきていると感じていますが、岡山ではまだまだ認知されていないのが現状です。「軽音楽」は健全であるということの認知を広げるために、まだ岡山に存在しない『軽音楽連盟』を創立することで、より多くの人に軽音楽の魅力を伝えていければと考えております。

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